来 歴

遺産


私たちが眼をあけたとき
はじめて緑に芽ぶいた私たちの無花果の木
私たちが仰向いたとき
ようやく青くひらいた私たちの空
私たちが走つたとき
目路はるか一すじのびた私たちの白い道

道は幾通りもあるものだ
一つの山を越えた旅人にとつて
それで山が終りではない
同じ木同じ草はなく
何億もの歳月には何億もの空が
晴れたり曇つたりする
一人で颯爽と生きることは何ごともなく
私たちはいくつもの環の一つ
重たい果実と巨大な空とを
この道の果てまでみごとに送りつたえねばならない

枯れるに先だつてみのる果実が私たちにもあるのだろうか
この空の下でそれはみのるのだろうか
死人の枯れた髪が
もう何億となくはりついている空
とりのければなお黒い血が雲のように流れ出すので
捨てておくほかはない意地の悪い空
そういう空の影が
固く重ねあつた私たちの胸と胸の間へ
無遠慮にはいりこんでくる
愛とか魂とか名づけられるもの
それは
緑にそよぐ葉しげみや
空いつぱいに燃えあがる花々の同義語であつて
私たちには遠くて手の届かない宝物のように高価だ
いい空といい果実を
私たちは永劫を半分ばかり使つて
或る時は殊勝げな仮面をかぶつて
のちには不遜な肩をいからせて
後手でひそかに売り渡してしまつたのだ
悪い空と悪い果実だけをそつくりそのまま残して

次の季節まで
まだ芽ぶかないもう一本の木
まだひらかないいい方の空
それにもつとましな向こうの道の上には
輝かしい未来もかぶさつているのに
怠惰な私たちは未だに自分の存在を使いきれないでいる来歴目次